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    オーナー繁田のラジオ出演
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      先日、山口放送のラジオ番組にヨシマツさんが出演されたおしらせをしたばかりですが、

      なんと当店オーナー繁田武之も同じラジオ番組に出演しました!



      2日間に渡って上海から国際電話での出演!

      まさに「とまらないっ!繁田のマシンガントーク」です。



      放送では世界を飛び歩く“コーヒー伝道師”として紹介され、

      オーナー繁田が若いときにブラジルへ渡ったときの話や、

      シモサカさん・ヨシマツさんとの出会い、

      昨年のヨシマツ農園訪問時のエピソード、

      そして今は上海で何をしているのか…などなど、

      いつものエネルギッシュな語り口でマシンガントークしています。



      オーナーに会ったことがある方もない方も、

      ぜひご一聴ください!



      8月20日(水)放送分

      8月21日(木)放送分



      もしくは番組ホームページからポッドキャストをダウンロードできます!

      山口放送「おはようKRY」ポッドキャスト





      昨年10月ヨシマツ農園訪問時

      左から…ヨシマツさんご子息リカルド、シモサカさん、オーナー繁田、ヨシマツさん、繁田兄
      | とまらないっ!繁田のマシンガントーク | 16:47 | comments(0) | - |
      vol.8 繁田のブラジル紀行2013 ?
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        下坂さんが入植したカルモ・ド・パラナイーバも吉松さんのジアマンチーナも同じミナス州だがちょっと条件は違う。下坂さんの周りには多くの日本人がいた。また国や組合の援助があった。シモサカ農場は環境に恵まれていた。しかしヨシマツ農場は遅れて開発され、雨が降らない、珈琲の産地として認められないなど、条件面でいろいろ厳しい状況だった。しかし土壌はミネラル分を多く含むもので、さらに灌漑設備で水をコントロールできる。実は下坂さんが農場をやめようと考えた一つの要因が、灌漑設備がないことだった。

        現代のブラジル珈琲栽培には灌漑設備が不可欠だ。水は花のコントロールに使う。9月から10月にかけて乾期が終わり、50ミリ程度の雨が降る雨期が始まる。芽が動き花が咲く。その後雨が続けば花は落ちないが、雨がなければ花は落ちてしまう。しかし灌漑設備があれば水を供給して花は落ちない。灌漑設備には上から水を霧状にかけるピーボセントラルと木の根元に黒いホースで水をかけるゴテジャメントというものがある。ヨシマツ農場はゴテジャメント方式で農場を通る小川からポンプで水を吸い上げ、花をコントロールする。



        ブラジルでは花が9月の終わりから11月にかけて3回ぐらい咲く。この花は1回目、2回目、3回目と咲き、その後100日後に赤い実になる。そのため時間差ができ、なるべくはっきりこの3回が分かれる方が収獲、品質安定によいのだ。ヨシマツ農場は花のコントロールと鉱物資源豊富な恵まれた土壌が味にもよい影響を与える。とくに収穫時に雨にあたらないということで、最後に木に残った「最後珈琲」『ウルチモカフェ』や完熟して落下した「バヘッソン」(通常は雨にあたれば劣化して商品にならない)をヨシマツ農場では収獲することができる。昨年は雨にあたり出荷できなかったが「今年はできました」とヨシマツさん。もちろん味を確認しなければ無理だが、とにかく今回はこれを輸入するのが目的でヨシマツ農場へ行った。

        農場では今年最後の収穫作業がおこなわれていた。ブラジルの収穫、とくにミナス州の大規模農場ではほとんど機械化されていて、珈琲の収穫も木をゆすって赤実だけを収穫できる収穫機を使う。何回か収穫機を通したあと本当に完熟して赤から黒くなっているものは、昔ながらの人手作業?により、しごいて収穫する。これが「ウルチモカフェ」だ。

        「バヘッソン」は大きな掃除機みたいなもので珈琲の木の下を吸う。石も珈琲も木のかけらも入るが、それをあとで仕分けして黒いチェリーだけにする。











        はじめてヨシマツ農場を訪れた3年前、この「バヘッソン」を見て「雨にあたってなくていいね」と下坂さんがつぶやいた。ヨシマツさんが「実はこのバヘッソン、日本向けに送っている有名農場の物にまぜられているらしいんよ」(本当かどうか定かでないけど)

        この時いつか焼いてみたいと思っていた。しかし昨年は雨にあたりだめだった。今年はなんとか今(2013年9月)まで大丈夫。

        吉松さんの長男リカルドの運転する小型トラックの荷台に乗って農場をひとまわり。日差しが強く雨が降っていないせいか木は弱っている。正直、下坂農場に比べるとちょっと木がかわいそうな感じ。

        そこでヨシマツさんが「珈琲の木は強いな、ちょっと雨が降ればあおあおしてくるんよ」





        「ここは昨年よう取れた」「この道を作った時は大変じゃった」開拓から収獲までまるで自分の子供を育てるような一連の流れを山口弁のヨシマツ節で話される。ゆっくり荷台に立ち、ゆられながらヨシマツ農場をまわり、途中、木が大きくならないように上の方をカットする機械があったり、小川からポンプで水を吸い上げているところやグイアバー(ブラジルの果物)畑をとおり、日本へお土産にする水晶を拾い、『ウルチモカフェ』の場所に着いた。







        木になっている黒いチェリーは黒光りしている。その豆をテヘーロと呼ばれる乾燥場では乾燥作業をしていた。もう今年最後の作業。







        日も暮れ始めていた。



        今回は農場に泊まりたくて無理を言った。

        ヨシマツさんの奥さんは、その辺に落ちている水晶をひろったり、農場へ泊るなど「日本の人は変わっているねぇ」と言っていた。

        ヨシマツさんたちには特別でないことが自分には重要に思える。その辺はどう説明していいかわからない。



        酒を酌み交わしながらリカルドが焼いた肉をたべ「ヨシマツ農場シュハスコパーティー」は夜遅くまで続いた。





        周りはコーヒーの木だけ。



        誰もいない闇の中でピンガ、ワイン、ビールを飲んだ。





        吉松さん(左)と下坂さん(右)
        | とまらないっ!繁田のマシンガントーク | 12:37 | comments(0) | - |
        vol.8 繁田のブラジル紀行2013 ? 
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          ジアマンチーナの吉松農場までベロオリゾンテからは約400キロある。

          朝早くベロオリゾンテを発ち、下坂親子と繁田兄弟はヨシマツ農場を目指す。



          ヨシマツ農場はジアマンチーナの町から30キロほど土道を奥へ入る。

          ダイヤモンド採掘跡やリン鉱石の産出場所跡などを通りながら農場へ向かうのが通常コースなのだが、

          今回は逆コースで行く。



          ベロオリゾンテからジアマンチーナに向かう途中で舗装路の国道から土道に入り、

          さらに1時間近く走る。



          途中、小さな村をいくつか通る。

          また駅舎の跡もある。



          下坂さんは、

          「昔この辺は、鉱物資源やダイヤモンドなどをベロオリゾンテや海に運んだ鉄道があり、その名残」と話す。



          行きかう車もなく、土道をもうもうと土煙をあげ、優は三菱の車を走らせる。

          なんかラリーみたい。



          昼前に農場に着いた。





          ヨシマツさんの息子リカルドが出迎えてくれた。

          下坂農場に比べれば規模も設備も小さいが、恵まれた土壌と気候は優るとも劣らない。



          農場では最後の珈琲の収穫を行っていた。

          雨が降っていないせいか珈琲の木はけっこう疲れている。





          そうこうしているとヨシマツさんご夫婦が来た。

          実はヨシマツさん家族は普段ジアマンチーナの町に住んでいて、

          この農場にはリカルド、マルセアの兄弟が仕事のためにいるということだった。



          今回はどうしても農場に泊まりたいと無理を言って、

          ご家族に農場に集合してもらった。



          ブラジル式にテーブルで昼食、肉やフルーツが豊富。

          それにご飯、フェジョン豆、ファリンヤ(マンジョカというイモの粉)など太る要素のものが多く、確実に体重は増える。

          それでも事前に「野菜中心にしてください」とお願いしていたので、

          サラダ中心の食事はおいしかった。



          昼食後4WDの小型トラックの荷台に乗り、農場巡り。

          途中ヨシマツ節がさく裂。

          ガリンペイロ(ダイヤモンドや金を採掘する人)時代のこと。

          おもしろおかしく山口弁で話す。





          「繁田さん、ダイヤモンドが出てきたら、そりゃもう、だれでもやみつき、やめられんよ」



          そして設備を拡大、最後はすってんてんになり日本へ出稼ぎに行くことになる。



          そのとなりで、文通で知り合ったしっかり者の小さな奥様がいろいろな話をしてくれる。

          ジアマンチーナの町で小さなスーパーを切り盛りして5人の子供を育て上げ、

          何度も病気で見放されたご主人を、気功や健康法で立ちなおらせたスーパー奥様。



          農場をぐるっと回り、グイアバー(ポルトガル語:Goiaba、グァバ)という果実畑へ。

          成っている実をかじると甘い。

          現在ヨシマツ農場では珈琲がメインだが、このグイアバーも生産している。





          つぎに今回の目的である水晶を拾いにいく。

          農場内ではあるが少し小高い丘に水晶がごろごろおちている。



          <せっせと水晶を拾っています>



          ヨシマツさんが「このような黒い石があるところは金脈がある」とか、

          「絶対に農場内には価値のあるものが将来出る」と夢を語る。





          <今回拾った水晶の一部です!>





          水晶を拾い集め、最後のコーヒー収穫作業をしている場所へ向かう。

          <つづく>



          <左から:ヨシマツさんのご子息リカルドさん、下坂匡さん、繁田、ヨシマツさん、繁田兄>
          | とまらないっ!繁田のマシンガントーク | 21:02 | comments(0) | - |
          vol.8 繁田のブラジル紀行2013 ?
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            ブラジルは今回で7回目になる。最近はドバイ経由で行くのが楽。



            ブラジルとの時差はマイナス12時間。

            9/8(日)夜中に出て明け方ドバイ、そして9/9(月)夕方サンパウロ。

            出迎えは、初めてブラジルに行った時以来の恩人・内藤氏が車を手配してくれた。





            翌日朝の便でミナス州へ。州都ベロオリゾンテに向かう。

            プロペラ機だったのはちょっと驚き。



            ここでは大きな珈琲の展示会が開催されている。







            <会場エントランスに積み上げられた麻袋>



            日本からの人など誰も来ていないかと思ったらハリオの代理店があり、

            ハリオの出張者が来ていた。



            ハリオは最近アメリカで大流行になり、

            ここブラジルでもハンドドリップ選手権が行われるほどで、

            アメリカの影響は強い。







            またこの展示会、カッピングが各ブースで行われており、

            セミナーとともにお勉強が盛んだ。





            しかし参加者の多くは生産者で、最近下落傾向にあるコーヒー価格のなか、

            どう生き残るか必死なんだなと思う。





            今回は次兄と一緒にブラジルでの抹茶販売の可能性の調査に来た。

            私は兄のお茶の手伝いをしながら、

            下坂さんの今後、

            ヨシマツ農場の今年のクロップと輸入計画を話し合うために、

            ブラジルに来たのである。





            ベロオリゾンテの会場では久々に下坂ようこ(下坂さんの姪)にも会った。

            彼女はブラジルでは有名なクラシフィカドール(鑑定士)であり、

            ブラジル珈琲の広報マンである。





            初日に3時間程度で会場を視察。



            翌日は時間があったので兄と二人でオーロプレットという世界遺産の街に、

            バスを利用して観光に行くことにした。



            最近は上海にいることが多く、ポルトガル語が出てこない。

            すぐ中国語になってしまう。



            オーロプレットは古い街並みが保存されている。

            教会が多く、昔は金が産出された。

            ちなみにオーロとは金のこと。









            ここに36年前来たとき、

            たまたま夕方に着いてしまい、宿泊施設で足元をみられぼったくられそうになったので、

            教会の前で一夜を明かしたことがある。

            今考えるとぞっとする。





            ベロオリゾンテにもどり、

            下坂匡(ただし)、優(まさる)親子と対面。

            これから匡さんと冗談を飛ばしながらの旅が始まる。



            私たちが泊まったホテルはホードビヤリアというバスターミナルの近くにある。

            下坂優が開口一番言った。

            「こんなホテル泊まれない」

            駐車場もなく、ここはとても危ない場所!



            「すぐに出よう」

            私たちはすでに一泊していたが、キャンセルして別のホテルをさがすことに。



            しかしベロオリゾンテはビヨンセのコンサートがあり、

            どこもホテルは満室。みつからない。



            「もしなかったら4人一緒?」



            やっと見つかった。

            しかしダブルベットの部屋が2部屋。



            じぇじぇ。



            とても巨体二人は無理。

            必死でさがして何とかもう一部屋あった。



            下坂親子は仲良くダブルベッドで一夜をともに。

            仲の良い親子です♪



            さて3日目は、

            朝早くにヨシマツ農場のあるジアマンチーナに向かう。

            [つづく]





            <下坂匡さん(中央)・優さん(左)・ヨシマツさんの息子リカルドさん(右)>
            | とまらないっ!繁田のマシンガントーク | 16:21 | comments(2) | - |
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